過去を肯定する勇気
過去を肯定する勇気
私は、私たちがより豊かな、より幸福な社会生活を送るために、私たちの個人、ないし、人類の歴史を、成功も失敗も包括して、肯定することが大切であると思う。
その理由は、私たちが過去を、失敗を含めて肯定できるとき、すなわち、価値があると判断できるときとは、常に、その過去を「今の私たち」のために活用できているとき、つまり、今の私たちを肯定できるときであるとともに、それゆえに、成功、つまり、有益な過去だけでなく、失敗、無益な過去に対しても、価値があると判断できれば、その失敗を今の私たちの社会生活に対して有益になるように活かしているということであるから、同じような失敗を二度と繰り返さなくなるとともに、よりよい選択を選ぶことができるようになるからだ。例えば、私たちが過去の人類の失敗である戦争の無益さを忘れるべきでない記憶、つまり、価値ある記憶として、脳に焼き付け続けなければ、「戦争の失敗を知っているから、今の平和がある」という風に戦争の過去を肯定できなければ、また同じ失敗を繰り返してしまうだろう。
このように、私たちが先人たちの経験、ないし、自身の経験を活かしながら、最良の選択をするためには、すべての過去を肯定する勇気を持つ必要がある。(というのも、人によっては、過去を無価値なものとみなし、それを原因として、現在の自身の失敗に対する自身の責任に免罪符を打とうとする人もいるからだ)
読んでくれて、ありがとう。